これから先の時代はこれまでの時代とは確実に違ってきます。今日本に存在している仕事とはまったく違うニーズがどんどん顕在化し、想像もしなかったような仕事が20年後の仕事の多くを占めるようになってくるでしょう。そのような中にあって、「これからどのような仕事が面白いだろう」と親子で一緒に考え話をする機会を持つことは、子供の学習意欲を刺激する上でも非常に重要です。そこでソフィー学習塾では、これからの時代の生き方のヒントとなりそうな働き方をしておられる方にインタビューをし、親子で将来のことを一緒に話したり考えたりするきっかけとなる記事をお届けしたい、という考えで『親子で将来を一緒で考えるための「お仕事ファイル」』というインタビューシリーズを行っています。
今回は5年前に長岡の栃尾地区で有機農業を起業し、安心安全な野菜を提供することに情熱を燃やし続けている刈屋高志さんにインタビューしました。その中で刈屋さんから聞けたのは、私たち一般人が「有機農業」というものに対して抱いているイメージとは全く違う事実でした。
1.有機農家として独立した経緯
三浦哲(以下、三):まずはどのような経緯で農業起業をすることになったのか教えてもらえますか?
刈屋高志(以下、刈):私は生まれは栃尾なのですが、その後幼少期は東京で育ち、小中高と新潟市にいました。その後、中国の重慶に2年留学し、日本に帰ってきて早稲田大学に入り卒業した時に、長岡で中越震災があり、復興支援の仕事を1年半していました。復興支援している途中で、復興の「支援」ではなくて、直接自分の手で復興をしたいという思いが募り、農家になってしまいました。
三:どうして「有機」農業を始めようと思ったんですか?
刈:やはり自分が安心して食べられるものを作って売りたい、っていうことですね。実はこれについてはあまり深く考えて「有機」を選んだわけではなくって、かなり自然な流れでそうなりました。農薬を使うっていう選択肢ははじめからあまり頭に思い浮かびもしませんでした。
2.有機農業は実はそれほど難しくない
三:長岡や栃尾のあたりで有機農業をやっている人って結構いるんですか?
刈:いや、ほとんどいないですね。
三:どうしていないんですか?やっぱり大変だからですか?
刈:まあ、そうですね。今までの流れで農業をやっている人って農薬を使うのが当たり前になっているので、農薬を使わないで農業をする、という発想自体もないのだと思います。
三:でも、農薬を使わなかったら、虫をひとつひとつとったりするのめちゃくちゃ大変ですよね?ぶっちゃけた話、儲かるんですか?
刈:あの、ぶっちゃけた話、農薬を使わなくっても虫ってそんなにつかないんですよ。
三:え?そうなんですか?
刈:そうなんです。自分でやってみたら、あまり虫ってつかないことがわかりました。
三:でも、みんなは農薬を使わなければ虫がつくだろうと思い込んでいる、と。
刈:そう、農薬を使わなきゃ虫がつくのが当然だと思っているんです。
三:それって作物によっては虫がつきにくい、っていうことですか?
刈:んー、いや、ほとんどの作物はちゃんとやれば無農薬でも虫はあまりつかないですね。
三:たとえばお米なんかも?
刈:ええ、やってみたら、お米なんかはむしろ無農薬でつくりやすいほうだと思います。
三:じゃあ、なんでみんな無農薬でやんないんだ?という感じですか。
刈:そう思います。
三:それって刈屋さんは農薬を使わなくても作物を育てられる特別なノウハウを持っているからできる、というようなことではないんですか?
刈:いや、そういうわけでもないです。だいたい作物に虫がつくのって肥料のやり過ぎなんです。窒素分が作物の中に多すぎると、自浄作用が働いて虫に食わせて取り除こうとするんです。肥料をやり過ぎると大きな作物は育つけど、見た目ばっかり良いだけで実は弱い作物になってしまうんです。だから虫がつくんです。
三:なるほど。人間も弱い人間に悪い虫がつきやすかったりするのかもしれないですね。
刈:(笑)
3.有機農業とこれからの社会
三:その「刈屋さんちの安心野菜」は、たとえばどういう人たちがお客さんなんですか?
刈:食の安全などに敏感な方が多いですね。そういったことに対する意識が高い方が多いです。年齢層は30代から60代まで幅広いです。
三:なかなかそういう有機野菜を買おうと思っても、買える場所は長岡にないんですよね。
刈:そうですね。東京には少しずつ有機野菜を扱っているお店ができてきていますけどね。
三:もっと長岡にもそういうお店が増えればいいですよね。
刈:そうですね。
三:話が少し元に戻りますけど、そういう農薬を使わない農業をしようと思ったのは、社会的な大きな視点から見て、そういうものが必要だから始めたいと思ったんですか?
刈:はい。もともと大学時代から環境問題などに興味があって、オーストラリアにある持続可能な社会づくりを目指す「パーマカルチャー」という思想に基づいてつくられたエコビレッジでクリスタルウォーターズという村があるんですが、そこを視察に行ったりしたんです。その時の体験は大きかったですね。
三:その村は何人くらいの人が住んでいるんですか?
刈:400人位だと思います。かなり広さはあって、確か東京ドーム200個分くらいの面積だって言っていたと思います。そこはたしかに素晴らしかったのですが、でも、これって日本の山村にもパーマカルチャーっていう名前や思想に基づいてはいないけど、同じものがすでにあるよね、とも思ったんです。そのエコビレッジって、自分が生まれた栃尾の雰囲気にかなり近いものがあったんです。
三:ほほう。
刈:クリスタルウォーターズは作り始められてから40〜50年の村なので、なんというか「作り物」という感じがあったんです。まだ文化が根付いていない感じがぼくにはしたんです。でも、日本の山村にはもう何百年もの歴史があって文化が根付いているので、それらをベースにして新しいものを築いていったら、もっといいものができるんじゃないか、と思ったんです。そしてその場所として栃尾は最適じゃないか、って思ったわけです。
三:なるほどー。そうすると将来は今刈屋さんがやっていることをどんどん日本や世界に広げていきたい、と考えているわけですか?
刈:広げていけるかどうかはわからないですが、少なくとも広げる価値のある農業のノウハウの土台は作りたいと思っています。トラクターとか農業機械を使わなくてもクワ一本で畑を耕して土作りができるノウハウをきちんと作りたいです。
三:そのノウハウっていうのは、刈屋さんのイメージする理想が100であるとして、今の時点でどれくらい出来上がっているんですか?
刈:5くらいですね。
三:5?まだ先は長いですね。
刈:そうですね。(笑)
4. 有機農業の楽しさ、そしてそのマーケットの未来
三:毎日お仕事をしていて「一番の楽しさ」ってどこにあるんですか?
刈:毎朝畑に出ていくと、前の日よりも確実に作物が成長している日っていうのがあるんですよね。それを見るとすごくワクワクします。春になって雪が解けて夏になっていく時期に作物がぐんぐん成長していく時期は本当にワクワクしますね。
三:雑草も一緒に伸びてきて「雑草抜くのが大変だなあ」と憂鬱になったりはしないんですか?
刈:ぜんぜんそういうのはないです。作物も雑草も伸びている時期って植物たちのエネルギーがすごく上がっている時期で、それを感じることで自分もグーッと元気になっていく気がするので、面倒だと感じることはないです。
三:作物の売り先って個人がメインですか?
刈:個人やレストランに直接出しているのが4割で、その他スーパーや直売所に出しているのが残りの6割です。
三:それはすばらしいですね。個人やレストランに出している比率が多いのって大事ですよね。結局どのビジネスもそのビジネスの強みって、お客さんの顔が見えていて、お客さんが何を喜んでくれていて、どんなものを望んでいるのか、というのがわかる、というところから出来てくるんで、それがきちんとできていれば、売上はまだまだ伸びますよね。
刈:そう思います。ちゃんと収穫量を確保できれば、売り先はいくらでもあると思っています。
5.TTP、JA、そして農家の「免許制」について
三:TPPに関してはどう考えられていますか?
刈:一般的には大規模農家だけが残って、零細農家は消えていく、って言われていますけど、それは違うと思います。むしろお客さんの顔が見える農業をやっている農家はほとんど何の影響も受けないんじゃないでしょうか。それよりも大規模農家の方が海外の農家との競争にさらされるので、潰れるところがでてくると思います。
三:たとえば、大規模農家が廃業して、その土地を、たとえば若い人が農業で起業したい、と思って買い取って農業を始めることって可能なんですか?
刈:ええっと、法律的には各地にある「農業委員会」というところから、「農家の権利」というのを取得してからじゃないと、農業ってできないんですよ。
三:ええ!?そうなんですか?免許制?
刈:そうなんです。ただ、実際にはまずは農家に「就職」するとか、いろいろな方法があるはあるんですけど。
三:若い人にどんどん就農してもらうために、そんなのなくしちゃえばいいのに、あるんですね、そういうのが。利権を守るためなんですかね。
刈:ええ、まあ、そうかもしれません。
三:JAについてはどう思いますか?ちゃんと本来の役割を果たす機関として機能していると思いますか?機能していないと思いますか?
刈:機能していないと思います。
三:そうなんですか?
刈:本来JAって農家の組合なので、農家の活動をサポートするためにあるんですよ。
三:そうですよね。
刈:それが今はJAの活動のために農家が使われている、という状態になってしまっているんです。
6.これからの有機農業は有望である
三:そうなんですか。そういうことってあるんでしょうね。ところで、刈屋さんが今やっているような有機農家として起業してやっていく仕事って、どういう人におすすめしますか?
刈:JAに言われたものだけを作って出荷する農業はサラリーマンみたいなものかもしれませんが、作ったものを直接個人に売ったり、レストランに卸したり、その他独自の販路を開拓していくような形でこの仕事をしていきたいと思ったら、とにかくいろいろなことに興味があって、自由であることが好きな人が良いと思います。こういう形の農業って、作物を作ることだけが仕事じゃなくって、何をつくるかを決定するためにマーケットを調査したり、作った作物をネットで売るためにホームページを作ったり、そのホームページで伝えたいことを執筆したり、作物を魅力的に見せるためにパッケージを制作したり、商品を売るためにセールスをしたり、などなど、本当にやることはたくさんあるんです。自分でやっていますから、時間は比較的自由になりますし、こういう働き方や生き方が好きなら、ぜったいに楽しいと思います。
三:「プロデューサー」ですね。お客さんのニーズを読んで、その一歩先のことを考えて、素材を育てて、その見せ方を考えて、ホームページを作って、それを売り出すイベントを考えて・・・。秋元康さんみたいなものですね。AKB48のプロデューサーの。
刈:(笑)そうですね。そうかもしれません。
三:そういうことが好きで、そういうことができるのであれば、有機の農作物に対するニーズってこの長岡にもてんこもりにありますよね。
刈:あります、あります。ただ、結局会社の経営者と同じなので、なんでも自由になるし何でも自分の一存で決められるけど、そこには責任もあって、それが重荷になるのなら向いていないと思います。でも、その責任を正面から受け止められる人なら、間違いなく楽しいし、将来は明るいと思います。
三:私は、刈屋さんがやっているような有機農業とインターネットの親和性はすごく高いと思うんです。有機で作物を育てるプロセスをわかりやすく面白くブログやFacebookで公開して、それに興味を持ってもらった人と人間関係を作って売っていく、というやり方とか、たとえばそういうやり方はこれからどんどん増えていく余地があると思うんですが、いかがでしょう?
刈:本当にそう思います。食に対する意識が高い人はたいていインターネットを上手に使っているので、そのあたりのマッチング度は非常に高いと思います。
7. 育ち盛りの子供を持つ親たちへのメッセージ
三:それでは最後に保護者の方へメッセージは何かありますか?やっぱり食べ物って、子供の成長とか精神的な部分とかにとって大切じゃないですか。ここを気をつけたら、親も子も健康的なものを美味しく食べていくことができるよ、というポイントってあるんでしょうか?
刈:「有機農業」と言っても実はいろいろなんです。本当に誠実にやっているところもあれば、そのほうが高く売れるから、という理由で必ずしも体には良くないかもしれない、でも、農薬ではない、というものも使っていたりすることもありえます。
三:そうなんですか。
刈:ですからまずは信頼できる農家と個人的な関係を築いて、その方から作物を分けてもらえるようにする、というのが一番いいと思います。
三:ほほう。
刈:1つの農家と継続的なお付き合いをしていると、野菜の「旬」というのが見えてきます。旬の野菜は美味しいし、元気だし、元気だから農薬とかもほとんど使わなくても育てやすいんです。野菜って、一番出始めの頃の「はしり」と呼ばれる時期と、「旬」の時期と、最後の「なごり」と呼ばれる時期と、同じ野菜でもぜんぜん味が違うんです。
三:そうなんですか?
刈:はい。たとえばズッキーニなんかだと、「はしり」の時期はとてもみずみずしいんです。そして「なごり」の時期だと水気は少なくなっていくんです。
三:そういうちょっとした味の違いに気付けると、食べる喜びも違ってきますね。
刈:そうなんです。そしてそういう農家さんと会話をしながら、その会話を楽しみながら信頼関係を築いていけるときっと楽しいと思います。それにそういうところと関係を作っておけば、万が一の災害時に食糧危機とかになったとしても、優先的に食べ物を分けてもらうこともできるでしょうし。
三:家族の危機管理にもなるわけですね。
刈:はい。
三:東京に住んでいるとなかなかそれは難しいかもしれませんが、長岡なら比較的簡単ですものね。
刈:そうですよね。
三:なるほど。参考になりますね。今日はお忙しいところ、お時間作って頂いてありがとうございました。
刈:こちらこそ、ありがとうございました。
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