親の言葉で子供の成長を促進するための「アイデンティティ効果」とは?

親の言葉は子供にとって非常に大きな影響力があります。不用意に発した言葉が子供の頭の中に一生残り続け、人生を通して影響を与え続けることもあり得ることです。ここでは親の言葉が子供にマイナスの影響を与えてしまうのを避け、プラスの影響をあたえるためのちょっとしたコツを紹介してみます。
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モスバーガーでの出来事

先日、旅先でモスバーガーに入りました。注文して席につきしばらくすると、4人家族がお店に入ってきました。小学生に上る前くらいの男の子1人、3歳前後の女の子1人、お父さん・お母さんの家族です。彼らは注文を済ませると私の目の前の席に座りました。そして男の子はハンバーガーを待っている間手持ち無沙汰だったようで、上着のフードをかぶり「お化けだぞー」とお父さんにおどけてみせました。しかしお父さんはなぜだかイライラしていた様子。「うるせえなあ、静かにしろ!」と彼を怒鳴りつけたました。「お前は、落ち着きのねえやつだなあ!」その声は店内中に響き渡りました。

お店の中でここまでの大きな声を出して怒鳴るケースはあまり多くはないかもしれません。でも、ここまで極端ではない程度のものであれば、このような親子のやり取りは非常によくあるパターンのひとつです。そしてこのようなコミュニケーションパターンは、おそらく何度も繰り返され、長期的に子供の成長に悪影響を与えてしまいます。

アイデンティティ効果

この「お前は、落ち着きのねえやつだなあ」という言い方は、相手の「アイデンティティ」に「レッテル」を貼る言い方です。親からの「○○は■■だ」というアイデンティティにレッテルを貼る言葉は、良い意味でも悪い意味でもその人に大きな影響を与えます。良い方向に作用すれば、その人の能力を伸ばす大きなきっかけになります。しかし悪い方向に作用すれば、その人の能力を押さえつけてしまうことになってしまいます。

たとえばこの男の子は「お前は落ち着きがないやつだ」と言われ続けると、おそらく「自分は落ち着きがないやつだ」と自分にレッテルを貼るようになります。そしてたとえばそれを「自分はそう言う人だから仕方ない」と正当化してより落ち着きがなくなってしまったりします。また、そのアイデンティティのレッテルが無意識に自分に作用し知らぬ間に落ち着きがなくなってしまう、ということもあり得ます。もしくは「落ち着きがないことは悪いことだ」と自分を罰し、その罪悪感から自分からは何も行動できない大人になっていってしまったりすることもあります。

このような言葉の効果をソフィーでは「アイデンティティ効果」と呼んでいます。

アイデンティティ効果を裏付ける実験

この「アイデンティティ効果」を裏付ける実験をひとつ紹介しましょう。ハーバード大学のマーガレット・シンらによって行われた実験です。

predictably-irrational-cover-japaneseアジア系アメリカ人の女性生徒たちを集め、ランダムに2グループに分けた。そして1つ目のグループには「女性」ということに関する質問を行った。(たとえば男女共生の学生寮についての意見や好みを聞く、など) 2つ目のグループには「アジア系」であることに関する質問をした。(たとえば家族で使う言語や家族のルーツについてなど)

アメリカでは数学に関しては典型的な2つのアイデンティティに関するよくある思い込み(ステレオタイプ)がある。ひとつは「女性は数学が苦手」というもの。もうひとつは「アジア系の人は数学が得意」というもの。

そこで前に行った質問によって刺激されたアイデンティティに影響されるかどうかを確かめるため数学のテストを2つのグループに行った。すると「アジア系」に関する質問をして自分がアジア人であることのアイデンティティを刺激された生徒たちは「女性」に関する質問を事前にして自分が女性であることのアイデンティティを刺激された生徒たちよりも明らかに良い成績を収めた。(ダン・アリエリー著『予想通りに不合理』,p.282より抜粋し要約)

この実験結果から、事前のほんのわずかな時間だけでも「アイデンティティ効果」は十分に効果があることがわかります。親子関係などの人間関係の中では長期的にわたり親は子供にこの効果を与え続けます。ほんのわずかな時間でもこれだけの影響がある「アイデンティティ効果」を、もし何年もの間、親が子供に対してマイナスの方向に与えてしまったとしたら、どうなってしまうでしょうか?ちょっと想像しただけでも怖い気がします。

では、マイナスの「アイデンティティ効果」を避け、プラスに働かせるようにするためには、一体どうしたら良いのでしょうか?

「まだ」という言葉を上手に使おう

アイデンティティに悪影響を与えないようにし、良い影響を与えるようにするにはいくつかの方法があります。ひとつの方法としては、子供を注意する時に「まだ」と言う言葉を意識的に使う、というやり方があります。たとえば最初に出てきたモスバーガーのお父さんの場合だったら「落ち着きのねえやつだなあ」という代わりに、「まだちょっと落ち着きがないね」などとゆっくりと優しい声のトーンで言い換えてみるのです。

他にもいくつか例を上げてみましょう。

  • 「あなたは算数が苦手ねえ」→「まだ計算間違えがあるね」
  • 「どうしてあなたは整理整頓できないの?」→「まだ整理整頓の仕方がわからないのね」
  • 「お前は汚い食べ方をするやつだなあ」→「まだお前のお茶碗からご飯がこぼれるね」
  • 「あんたはバカだね」→「まだこれはわからないのね」

上手に使えれば「まだ」という言葉は魔法のような力を発揮します。もちろんイライラしながら言ってしまえば悪影響を与えてしまうでしょう。しかしゆっくり優しく言ってあげると、「まだ」という言葉は「いずれできるようになる」という意味を含むようにすることができます。そしてそれが相手が「自分はそれができるようになる人なんだ」というアイデンティティを促進することになるのです。

もしかするとこのような言い方は短期的にあまり劇的な効果は見られないかもしれません。ただ、この言い方をすることでまずは親としての自分の気持ちが乱れにくくなる、という効果はすぐに現れます。ちょっと我慢してこういう言い方をするようにすることで自分のストレスが少なくなり、気持ちが平らになりやすくなるのです。これだけでも十分に意味のある効果です。

結局親が子供に望むのは、子供の長期的な幸せでしょう。大人になって自分の元を離れた時に、自分の足で立ち、自分の頭で考え、自分で幸せをつかみ取っていったり自分でまわりの人を幸せにしてあげたりすることができるようになってほしい、というのが親の本当の願いでしょう。そしてその親としての本当の願いを実現させるために、この「まだ」という言葉を上手に使う方法は、効果的な方法のひとつです。

短期的に静かにさせたり言うことを聞かせたりすることではなく、長期的な成果を考えながら、つい口から出そうになる言葉をグッと飲み込み、まずは7秒数えてみましょう。そうすれば少し心が落ち着いて別の言葉に言い換えやすくなるはずです。ぜひ試してみてください。


追伸

この「まだ」という言葉の潜在的な力強さについてさらに詳しく知りたい方は、アメリカの「マインドセット研究」の第一人者キャロル・ドゥエック博士のスピーチをぜひご覧ください。10分20秒。スピーチは英語ですが日本語字幕がついています。

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